ナポレオンはスペイン・ブルボン朝の内紛

1808年5月、ナポレオンはスペイン・ブルボン朝の内紛に介入し、ナポリ王に就けていた兄ジョゼフを今度はスペイン王に就けた。

しかしこれに対するスペインの反発は激しく、半島戦争・808年-1814が起こり、蜂起した民衆の伏兵による抵抗にフランス軍は苦戦する。

ナポレオン軍のスペイン人虐殺を描いたゴヤの絵画は有名である。

ナポレオンが「スペインの潰瘍が私を滅ぼした」と語ったとおり、このスペインでの戦役は、ナポレオンの栄光のターニング・ポイントであった。

スペインの背後には当然のことながらイギリスもついた。

7月、スペイン軍・ゲリラ連合軍の前にデュポン将軍率いるフランス軍が降伏。

皇帝に即位して以来ヨーロッパ全土を支配下に入れてきたナポレオンの陸上での最初の敗北だった。

ナポレオンがスペインで苦戦しているのを見たオーストリアは、1809年、ナポレオンに対して再び起ち上がり、プロイセンは参加しなかったもののイギリスと組んで第五次対仏大同盟を結成する。
update:2010年02月25日